リーダーには、聴き手をインスパイアするプレゼンが求められる

私は最近、経営者層に対してプレゼンの個人指導をする機会が増えています。

経営者と一般のビジネスパーソンでは、求められる役割が違います。
したがって、プレゼンの中身・スタイルも当然ながら大きく異なります。

例えば営業マンの場合は、商品の内容や購入のメリットを顧客に理解・納得してもらえるプレゼンを行うことが何より大切。

 

一方経営者の場合は、会社をどうしていきたいのか、事業を通じて何を成し遂げたいのか、その思いやビジョンを語ることで、聴き手の心を揺さぶるプレゼンをすることが大切になります。

聴き手が社員の場合は、経営者の話を聞くうちに「よし、私もこの会社で頑張ろう」という気持ちになっていく。
また聴き手が株主や顧客の場合は、「是非ともこの会社を応援したい」「この会社と取引がしたい」という気持ちになっていく。

単なる理解や納得を超えて、聴き手をインスパイア(鼓舞)していくようなプレゼンが、経営者には求められるケースが多いのです。

 

もちろん「聴き手の心を揺さぶるプレゼン」が重要なのは、経営者層だけではなく、ミドルマネジャーが朝会などの場でメンバーに向かって話をするときも同じです。

メンバーのモチベーションをどれだけ高められるかが、チームの成果に直結するからです。

 

では聴き手の心を揺さぶるようなプレゼンは、どうすればできるようになるのでしょうか。

 

そのコツをつかむうえで、お手本となる人物がいます。

キング牧師とオバマ前大統領という二人のアフリカ系アメリカ人のリーダーです。

“I have a dream”で聴衆の心をつかまえたキング牧師

キング牧師は、1950年代から60年代にかけて、アフリカ系アメリカ人が人種差別撤廃を求めて立ち上がった公民権運動のリーダーでした。

彼が1963年にリンカーンの奴隷解放宣言100年を記念して開催された集会の場で行った演説は、アメリカではケネディの大統領就任演説と並び称されるほどの名演説と言われています。

キング牧師は、その演説の中で“I have a dream”という言葉を繰り返し畳みかけるように使うことで、聴衆の心をつかまえました。その一節を引用してみます。

「私には夢があります。それはいつの日かジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子とかつての奴隷の所有者の息子が、兄弟として同じテーブルに一緒に座るという夢です」
「私には夢があります。それはいつの日か私の4人の小さな子どもたちが、肌の色によってではなく、人格によって評価される国に暮らすという夢です」

このスピーチが名演説と言われているのには、いくつかの理由が考えられます。

 

まず一つ目は、「聴衆の感情に訴えかけること」を最初から明確に意識して行った演説であるということです。

サイモン・シネック氏は『WHYから始めよ!』の著書の中で、もしキング牧師が“I have a dream”とは言わずに“I have a plan”と語っていたとしたら、聴衆の心を打つことはできなかっただろうと述べています。

なぜならdream(夢)は聴き手の感情に直接訴えかける言葉ですが、plan(計画)は理性に働きかける言葉だからです。
どんな単語を選べば聴き手の心を揺さぶることができるか、きっとキング牧師は周到に準備をしたうえで演説に臨んだはずです。

また“I have a dream”は、シンプルで誰の心にも残りやすいフレーズです。

こうした胸に突き刺さる短いフレーズを選び出したうえで、繰り返し用いたことが、このスピーチが名演説になった二つ目の理由です。

 

そして三つ目の理由は、「アメリカ社会の現状」という仮想敵を想定したうえで、未来の夢を語っていることです。

ただし仮想敵といっても、彼は白人を直接批判することはしていません。
白人という人種ではなく、人種差別が止まない社会を批判します。

 

そのためキング牧師の演説には、黒人のみならず白人も多く駆けつけました。

もし白人批判をしていたら、そこまで広範な支持を得ることはできなかったでしょう。

そのうえでキングは、「かつての奴隷の息子と奴隷の所有者の息子が、兄弟として同じテーブルに座るようになる」「小さな子どもたちが、肌の色によってではなく、人格によって評価される国に暮らすようになる」という未来の夢を語ります。

当時のアメリカ人にとって、それは文字通り夢物語のような夢でした。

だからこそ理想を求める多くの人々の心を揺り動かしたのです。

“Yes, we can”で人々を動かしたオバマ前大統領

さて、やはり演説の名手といわれたオバマ前大統領のスピーチも、実はキング牧師のスピーチととてもよく似ています。

オバマ氏が最初に大統領選に立候補したときに使ったフレーズ“Yes, we can”は、今でも私たちの記憶に鮮明に残っています。

キング牧師の“I have a dream”と同じぐらいシンプルで、胸に短く突き刺さる名フレーズだったからです。

 

またオバマ氏は、今の社会の状況を仮想敵にして、未来の夢を語る手法をスピーチに用いた点でもキング牧師と似ています。

彼がノーベル平和賞を受賞するきっかけとなった2009年のプラハでの演説も、まさにそうでした。

彼は演説の中でこう述べました。

「私は信念を持って、アメリカが核兵器のない平和で安全な世界を追求すると約束します。私は無知ではありません。それはすぐには到達できないでしょう。おそらく私が生きている間には……。忍耐と根気が必要です。しかし私たちは今、世界は変わることはできないという声を無視しなければいけません。私たちはYes, we canと主張しなければいけないのです」

 

核兵器の根絶は、現時点では途方もない夢です。

しかしそれが実現できれば、どんなに素晴らしいことか。

オバマ氏はその未来の夢を、心を込めて聴衆に語りかけるように話しました。

それが聴く者の心を打ったのです。
                 

聴き手の感情に訴えかけるシンプルで力強い言葉を使うこと。
今の社会や業界の状況を仮想敵にしながら、未来の夢を語ること。

 

みなさんもリーダーとしてプレゼンを行うときには、この二つを意識してみてください。

聴き手に与えるインパクトが、以前とはまったく違うプレゼンになるはずです。